12月17日(日)13時から田井市民センター大ホールで表題の教室が開かれました。
講師は玉野高校の藤田先生に指導してもらって3世代交流凧作りを楽しみました。 大盛況でした。
「彦 一 凧」とは
1 発明者
今から40年くらい前に、千葉県の佐原に住んでおられた歯科医師「里村 彦一」 さんが考案された素晴らしい凧です。
2 特徴
通常の凧は、風をしっかりと受け止め、かつ適量を後方に逃がしつつ揚力を得て 空に揚がるのですが、この「彦一凧」は、糸目が1本しかないので、凧を揚げる発想 が根本的に違う。しっかりと風を受け止めない、いわばグライダーのようなものと 思われる。現在あるようですが、当時飛行機凧というのを作って、頭上に糸目1本で あがり引っ張らないので、木綿糸でも大丈夫だった記憶がある。この「彦一凧」も 同様で揚げ糸は強くなくても大丈夫ということになる。
3 経緯
当時のアサヒグラフに紹介されていたらしいが、当時そんな高級?なグラフは見 たこともなかったけど、後になって紹介されたエピソードを知る。その凧は、上か ら下半分くらいまで大きなシミがあり、その説明が奮っている。道糸を6,000 mも延ばすので、その先の雨雲に入って濡れた!とのこと。
道糸が6,000mということは、揚角が30度として6,000m×sin30 度ということで、概ね3,000mは揚がっていることになる。角度がさらにある と思われるので、高さはさらにあることになる。よって発明者というか考案者は、 揚げる時は、双眼鏡を持って揚げていたとか! 何とも素晴らしいというか、恐ろし いような感じさえします。まあそれだけよく揚がるということです。
講師は玉野高校の藤田先生に指導してもらって3世代交流凧作りを楽しみました。 大盛況でした。
「彦 一 凧」とは
1 発明者
今から40年くらい前に、千葉県の佐原に住んでおられた歯科医師「里村 彦一」 さんが考案された素晴らしい凧です。
2 特徴
通常の凧は、風をしっかりと受け止め、かつ適量を後方に逃がしつつ揚力を得て 空に揚がるのですが、この「彦一凧」は、糸目が1本しかないので、凧を揚げる発想 が根本的に違う。しっかりと風を受け止めない、いわばグライダーのようなものと 思われる。現在あるようですが、当時飛行機凧というのを作って、頭上に糸目1本で あがり引っ張らないので、木綿糸でも大丈夫だった記憶がある。この「彦一凧」も 同様で揚げ糸は強くなくても大丈夫ということになる。
3 経緯
当時のアサヒグラフに紹介されていたらしいが、当時そんな高級?なグラフは見 たこともなかったけど、後になって紹介されたエピソードを知る。その凧は、上か ら下半分くらいまで大きなシミがあり、その説明が奮っている。道糸を6,000 mも延ばすので、その先の雨雲に入って濡れた!とのこと。
道糸が6,000mということは、揚角が30度として6,000m×sin30 度ということで、概ね3,000mは揚がっていることになる。角度がさらにある と思われるので、高さはさらにあることになる。よって発明者というか考案者は、 揚げる時は、双眼鏡を持って揚げていたとか! 何とも素晴らしいというか、恐ろし いような感じさえします。まあそれだけよく揚がるということです。
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